本編
; 「───否。<br> かつては……アルジュナと呼ばれる者でも……あったかも、しれないが……。<br> …………私は…………神だ。」
: 訪れる世界の終末。白きヴィマーナに乗って現れたのはかつて「アルジュナ」と呼ばれた英雄であったはずの「神」。
: 宿敵たるカルナが見間違うはずもない彼は、しかし主人公がかつて特異点で邂逅した「彼」とはすっかりかけ離れた、虚ろな機構と成り果てていた。
; 「……今の私に……とっては……。この眼下に散見する異物、全て……等しく───<br> <ruby><rb>不出来にして</rb><rt>・・・・・・</rt></ruby>、<ruby><rb>未熟にして</rb><rt>・・・・・</rt></ruby>、<ruby><rb>無価値らしい</rb><rt>・・・・・・</rt></ruby>。」<br> 「完全なる世界に……在るべきではないという意味で……それは……邪悪だ。<br> ……<ruby><rb>不出来</rb><rt>邪悪</rt></ruby>なものを、神は視た。<br> 次のユガには…………不要、なり…………。」
: 外の世界からやってきたラーマやガネーシャ、名乗り出た主人公らを一瞥し、「不出来にして不要」と結論を下す。
: カルナですらもそれは変わらず、激昂する彼の視線すらも黙殺した。だがこのとき、実はアルジュナの口角がごく僅かに上がっているのが確認できる。
; 「全神性……統合神力……抽出、凝縮、過程……完了。実行制御は……第十の……。<br> …………。 展開、準備……開始。」
: 膨大かつ莫大なエネルギーは凝縮し、臨界に至った。今まさに振るわれようとしているのは、世界を滅ぼしすべての邪悪に破滅を与える「必滅の剣」。
: 神に「不出来」と認識されてしまったが最後、逃れなければ確実に消滅が訪れる。虚数潜航以外に逃れる術はなく、主人公らは必死に脱出を試みるが……。
; 「神は……視る。<br> 不出来にして……不要。其は、即ち……邪悪、なり。<br> 寂滅せよ、邪悪…… 新しきユガに、新しき世に……在る事、能わず。<br> 私は……振るう。終わりの神の……剣を。<br> 断たれるは……世界。その刃の、狭間に…… 透徹なる……浄化が、横溢し……<br> 滅亡と、創世が……輪廻する───<br> ───『<ruby><rb>帰滅を裁定せし廻剣</rb><rt>マハー・プララヤ</rt></ruby>』───」
: 全ての邪悪を断ち、理想の世界を創造せんと、滅ぼしの神は終末の剣を振り下ろした。
: 世界は神の手によって不要なモノ、すなわち邪悪なモノを取り除かれて再構築され、そこからまた新たなユガの循環が繰り返される。
: 辛うじて難を逃れたカルデア一行が再び訪れた世界には荒廃の気配など何処にもなく、豊かな水と美しい花々の溢れた平和そのものの理想郷が広がっていた。
; 「……否。それすらも……些事。もはや……私は……ただ、ユガを繰り返すのみ。<br> おまえたちの……運んできた……力により。<br> 緩慢に進んでいた……ユガの周期は……縮減を……果たした。<br> 故に、私は……続ける。世界の<ruby><rb>邪悪</rb><rt>不出来</rt></ruby>を、滅罪の洪水にて……断ち続ける……。<br> 神のみに視ゆる、<ruby><rb>ユガの周期が形作る周期</rb><rt>・・・・・・・・・・・</rt></ruby>─── 大ユガの終焉は……近い……。」<br> 「そして訪れるは……真に、善なる……真に、須要なるもの、のみが残る……<br> 完全にして理想の……世界の創造───」
: 神将・哪吒が倒れ、その穴を埋めるために英霊を追加で召喚するかとリンボに尋ねられて。
: ただいたずらに創世と滅亡を繰り返しているのではない。神たる彼が目指すものは「完全なる世界の創造」。そこへ至るための終焉は着実かつ急速に近づいてきている。
; 退屈に、瞬く。その寸毫の間に。<br> 珍しく─── 夢を、見た。<br> 愚かな戦争の、夢だ。<br> くだらぬ理由で始まり、無価値な理由で続き、瑣末な理由で止まらなかった戦争。<br> 敬愛する兄弟たちと、そして友と。最後まで共に戦った記憶の中に、何かがある。<br> 心は裏表なく彼らの願いと共に在った。矢は例外なく彼らが憎む者を射抜いた。<br> 兄弟の一員として、心の底から、一切に恥じる事なく戦い抜いた。<br> だが、それでも、何処かで。心の何処かで。<br> 黒い何かが、蠢いていた気がする。<br> 飽くのにも飽き、瞼を持ち上げる。瞬きという夜が明ければ───<br> 夢を見ていたことすらも、 忘れた。
: 主人公らを相手取る、瞬きひとつの間に見た遠い記憶。愚かな戦争の夢……遥か昔の戦乱で、己は確かに戦い抜いた。心は家族と、友人と、人々の願いと共に在った。
: 何も恥じる事などなかったはずなのに、己の中には「黒い何か」があり───。
: そしてその夢すらも刹那のうちに忘れてしまった。神たる彼に、夢は必要ないのだから。
; 「…………否。失望と……諦観……。<br> この者たちは……私の天変地異を……耐えた。もしや、と……思ったが……。<br> 確かめる価値は……なかった……。<br> だが……私は、何を……確かめた……?」
: 神将アスクレピオスに「暇潰しには満足できたか」と尋ねられて。圧倒的な力の前に手も足も出ない主人公達を一瞥し、失望と興味の失墜を示す。
: しかしその視線は確かに何処かを、そこにいない「誰か」を探すかのように彷徨っていた。それが紛れもない「人間性の欠片」の表れであることに、彼はまだ気づいていない。
; ───また、瞼の裏に、夢を見る。<br> 在り得ぬほど低劣な理由で。<br> 在り得ぬほど悲惨な戦争が起きるのを、見た。<br> 一族が死に絶えるほどの、愚かな争い。<br> 幾千幾万の死が大地を埋め尽くした。<br> 名だたる勇士たちの死が、馬に蹴り散らされる花弁の如き重みで宙に舞い消えた。<br> ヴィラータの息子ウッタラが死んだ。その兄シュウェータもビーシュマに殺された。<br> ビーマがカリンガ王を殺した。ヴィラータの長子シャンカも死んだ。<br> 百王子が次々と死んでいった。……イーラーヴァットが、殺された。<br> シカンディンの助けでビーシュマを殺した。……アビマニュが、殺された。<br> 死んだ。殺した。死んだ。殺した。死んだ。殺した。死んだ。殺した。死んだ。殺した。死んだ。殺した。<br> 数多の味方の死を見続けて。数多の敵方の死を見続けて。<br> 幾多の想念が通り過ぎて。幾多の感情が枯れ果てて。<br> 最後に、疑問だけが残った。<br> ───<ruby><rb>なぜだ</rb><rt>・・・</rt></ruby>?
: ふとまた過ぎ去る記憶。殺戮と陰謀、憎悪と違反に塗れた低劣で悲惨な争い……「クルクシェートラ戦争」。
: 敵も味方も次々と殺され、或いは殺し、あらゆる尊厳すらも踏みにじられた。己の息子たちですらそれは例外ではなく、一人、また一人と死んでいった。
: 言葉を絶するほどの悲惨な光景を見続け、感情すらも失われていき、やがて最後まで彼に残ったものは───「何故」という疑問だけだった。
; 愚かな戦争を、見た。<br> 疑問だけが、残った。<br> ……ああ。<ruby><rb>なぜ</rb><rt>・・</rt></ruby>、<ruby><rb>できない</rb><rt>・・・・</rt></ruby>? 本当は、誰も彼もが、わかっているだろうに。<br> 理由は明白だった。優れていない、正しくない、劣り間違えているものの全て。<br> それを一語で表すならば───<br> 元凶は、悪だ。 悪を切り捨てぬからこうなった。<br> 不出来は悪だ。不要は悪だ。不実は悪だ。不軌は悪だ。不寛容は悪だ。不信は悪だ。不義は悪だ。不忠は悪だ。<br> 虚勢は悪だ。欺瞞は悪だ。忘却は悪だ。無知は悪だ。頽廃は悪だ。嫉妬は悪だ。愚昧は悪だ。貪欲は悪だ。<br> 誰もが、それを理解していて。<br> <ruby><rb>なぜ</rb><rt>・・</rt></ruby>。<ruby><rb>それを切り捨てることが</rb><rt>・・・・・・・・・・・</rt></ruby>、<ruby><rb>できない</rb><rt>・・・・</rt></ruby>?<br> 願った。他の世界では違うのかもしれないが、この世界での私は、願った。<br> ───<ruby><rb>そうあれ</rb><rt>・・・・</rt></ruby>と。<br> しかし、気づいたのだ。あの戦争の後に。<br> 同胞たちの血に濡れた大地が。卑劣が卑劣を呼ぶ愚かな報復の連鎖が。<br> 好敵手を撃ち殺した手に刻まれた感触が───何よりも雄弁に、語っていた。<br> 世界は、自然に悪が正されるようにはできていないのだ、と。<br> ……だから、誰かがやらなくてはならない<br> ……誰もやろうとしないのであれば<br> ……それは、自分がやるしかないのでは<br> ……なぜなら<br> ……あの地で最も人に血を流させた者は<br> ……<ruby><rb>邪悪</rb><rt>愚か</rt></ruby>な戦場を最も象徴する者は<br> ……即ち、最も<ruby><rb>邪悪</rb><rt>愚か</rt></ruby>であった者は───<br> 望み求めたのは、正しき世界。<br> 当たり前の。何の変哲もない。口に出す事も憚られるような。<br> 赤子と神のみが信じる事を許されるような。<br> 人が殺し合う事のない、正しき世界。<br> 邪悪を糾し尽くし、そこへ辿り着くために必要なもの。<br> そのための力は。幸いにして、すぐ傍にあった───
: 愚かな戦争の末路。本当は誰もが過ちに気がついていたにも関わらず、誰もやろうとはしなかった。あらゆる悪と弱さを切り捨てなかったからこそ、あの戦争は悲惨な結末を迎えたというのに。
: だからこそ彼は願い求めたのだ。悪が糾され、純粋に正しく在る世界を。争いのない、穏やかな正しき世界を。誰が見ても正しいと思える、理想の世界を。
: なぜなら、あの戦争で最も邪悪だったと彼が唾棄した存在は。彼が「誰よりも戦果を上げて栄光を勝ち取り、誰よりも手を汚し、誰よりも愚かであった」と憎悪した存在は、すなわち。宿敵に卑怯な矢を向けてしまった、自分自身に他ならなかったのだから。
: そして───彼は、そうなるための力に手を伸ばし、壮絶な艱難辛苦を飲み込むことを選んだ。
; 「……何故……だ。何故……邪魔を、する……?<br> おまえも……視た、はず。あの、愚かな、戦争を……。<br> 世から悪を……滅する。不出来で、不要なものを、排する……。<br> それが……正義の、刃、である……。<br> その刃にて、管理される……我が、世界は……絶対的に、正しい……。」
: 再び己の前に立ち塞がったカルナに対し、同じ地獄を視た者として問い掛けるアルジュナ。自我と記憶がどんなに薄れようとも、カルナのことはやはり覚えていた。
: 望むのは邪悪なき完璧な世界。彼にとってはそれだけが正義である。創世と滅亡を繰り返しているのも、彼の考える正義を貫くための行為に過ぎない。
; 「っ、う…………私、は…………?」
: カルナに「黒」の存在、さらに「完璧な神だとは思えない」と指摘されて。
: 動揺を隠すことができず、同時に自身の存在を疑ったこの瞬間、「完璧なる神」としてのアルジュナの存在は大きく揺らぎ始めた。
; 「目……ああ、ああ。目だ。おまえの、その、目だ。<br> その目で、私を。私を、視るな……カルナ……。」<br> 「おまえはまた、その目で。私を……私の中の何かを、気付かせようというのか!<br> それは、罪だ。邪悪だ。私は……おまえを、この手で、断罪する!<br> <font size=5>カルナァァ───!!</font>」
: カルナに「おまえは不出来かもしれぬ自らを見据えたことはあるのか」と問い掛けられて。
: アルジュナは、カルナの鋭い眼光で醜い己を暴かれる事が恐ろしくて仕方がなかった。カルナがその目で再び己を見定めようとするのであれば、もはや打ち倒すしかない。
: 完全性は剥がれ落ち、その下から現れた人間性が牙を向く。相対するのは神ではなく戦士。決して癒えることのない因縁、宿命の大決戦がここに幾千の時を越えて再び実現する。
; 「力を見せてみろ!カルナ……ッ!!」<br> 「カルナァァーーーーーーッッ!!!!」
: 最終決戦時、アタックボイス(敵専用)。痛ましいまでの必死さと執心が滲む絶叫。
: そこにいたのは無感動な神ではなく、内なる感情を曝け出したただ一人の人間だった。
; 「粛清と壊劫を繰り返したは何の為か……! この世全ての悪を、踏破する為だ! 完全なる世界を、此処に───『<ruby><rb>帰滅を裁定せし廻剣</rb><rt>マハー・プララヤ</rt></ruby>』!!!」
: 同上。宝具解放(敵専用)。決死の覚悟が垣間見える詠唱。神と成り果て、人間性を失くしてでも彼が必死に目指そうとした理想。
: そして蘇った「今度こそ勝ちたい」という想い。それら全てを乗せた魂の叫びと共に、剣は廻る───。
; 「これは、こんな破綻は……許され、ない。なんという、屈辱……。……屈辱……?」<br> 「フッ……フフフ……。<br> この<ruby><rb>悔しい</rb><rt>・・・</rt></ruby>という感情は───不出来で、無駄で、不要な邪悪か?<br> ハハ! <ruby><rb>ならばなぜ</rb><rt>・・・・・</rt></ruby>、<ruby><rb>このようなものが私の中にある</rb><rt>・・・・・・・・・・・・・・</rt></ruby>!?<br> そうか。最初から、私が完全な存在などではないのは当然だったのか。完璧な神では持ち得ない……<ruby><rb>疵</rb><rt>きず</rt></ruby>……。<br> 私は、求め続けただけにすぎない。自分でそれを忘れてしまうほど、ただ貪欲に。<br> そう、貴様の言うとおり……神すら飲み込み、邪悪の一片も許さぬほどの。<br> 私の中にある、貪欲な<ruby><rb>“黒”</rb><rt>クリシュナ</rt></ruby>こそが……この私の……。」
: 勝負は決した。悔しさに歯を食いしばり、そうしてふと自分の中にある破綻に気がつく。
: 自分自身が「邪悪」だと信じて疑わなかった「貪欲さ」は自分の中にもあったのに、自分でそれを忘れてしまうほどの必死さで手を伸ばし、理想を追い求め続けていたに過ぎなかった。
: そう。最初から、彼は完全な存在などではなかったのだ。そしてそれは無意識ながら理解していたことでもあったのだが、そのことをようやく思い出した時にはまもなく全てが終わろうとしていた。
; 「……敗因を理解した。私の滅業の刃は私の中には届かない。<br> どれだけユガが輪転しようとも、私の中からおまえに抱く執心という邪悪は消え去らない。<br> その執心こそが、必要以上に私を真に完璧な神へと至らせようとした。<br> 民を正しき世界へ導く、邪悪より生まれし最後の神の中に───<br> さらに、消し去れぬ邪悪が、在った。<br> それらはおそらく、私にとっては。世界よりも先に壊すべきモノだったのだが……<br> 壊せなかったが故に、こうなった。愚かに、過ぎる……。」<br> 「は……そうか。矛盾だ。<br> 私は自らの不完全性に気付かず、完全と信じた。そしてその完全を信じた事すらも不完全の種子だった。<br> ああ、そもそもが矛盾していた私は、最初から。<br> 貴様が望む男にすら、なれてはいなかったのか───」
: 消滅の間際、宿敵たる英雄に諭されて己が抱えていた矛盾を理解する。
: 最も消すべきでありながら、決して消すことのできなかった「執心」は彼を必要以上の高みへと至らせ、そしてその「人間味」を以て孤独なる神の座から失墜させた。
: かつて世界に絶望して神となり、しかしその最後で人へと立ち返った英雄「アルジュナ」は、過ちと矛盾、後悔、どうしようもない「何か」を抱え、また最後の瞬間まで「誰かが望む何か」になろうとしながらも果たせなかったことを悔やみつつ、それでもどこか憑き物が落ちたかのように微笑みながら消えていった。