話題まとめ
;綺礼の妻
:まだ迷い悩む渦中にあった綺礼が、「人並みの幸福のカタチ」を得る試みとして迎えた妻。死病を患っていて、余命のない女性だった。「そんな女だから選んだのか、その女しか選べなかったのか。その基準だけは、こうして思い返しても判らない」と綺礼は述べている。
:病弱だが信心深く、男の憤怒を理解し愛して癒そうとした女性で綺礼からすれば「聖女」だった。
:最期は、「私にはおまえを愛せなかった」と告げる綺礼に対し、「──いいえ。貴方は私を愛しています」と告げ、微笑みながら自害した。綺礼が人を愛せることを証明するために。
:女には、最期に綺礼が泣いているように見えた。確かに綺礼は女の死を悲しんだが、それは「どうせ死ぬのなら、私の手で殺したかったからだ」と綺礼は述懐する。
:──その願望が、ただの「快楽」のためであったのか、「愛したものだからこその悲哀」なのか、綺礼は考えることに蓋をした。女の死は「無意味」だったと断じながらも、「無価値」にはしたくないと、考えることを止めた。
:なお、この影響かどうかは不明だが、『stay night』の桜ルートにて、士郎と共にアインツベルンの森でイリヤを逃がそうとした際に、「助けた者が女なら殺すな。目の前で死なれるのは、中々に応えるぞ」と士郎に漏らしている。
:*以上は『stay night』での綺礼。<br>『Zero』での綺礼は未だ悟りを得ていないため、妻は言峰の本性に気付かないままの病死で、綺礼自身はこの時覚えたはずの「どうせ死ぬのなら、私の手で殺したかった」という思いを封じ込めた。
:*後に同様の思いを父・璃正の死に際しても懐いたが、当時の綺礼はまだ自身の本質を理解したくなかった。認めたくなかった。それゆえに妻の時と同様にその思いを封じ込めた。<br>また、後に[[間桐臓硯]]が父の死を弄ぶような発言をした際には、悟りを得た後だったもののまだ直後だったゆえか、臓硯に反発している。
:*『stay night』では妻の死の時泣いていないとされているが『Zero』だと妻の時も父の時も涙を流しているとされている。だがこの場面では黒塗りの表現が度々出ており、信頼できない語り手になっている。
:*奈須氏は綺礼の妻を「アルビノで、免疫機能が欠如した人でした。なので些細な傷でも死に繋がるし体もボロボロでした」と説明している<ref group="出" name="「Q&A」『TYPE-MOON Fes. オフィシャル パンフレット』"/>。
:*彼女のなりたかった職業については『聖歌隊になるのが夢だった』と綺礼に対して語っている<ref group="出">[http://www.typemoon.org/bbb/diary/log/202311.html 竹箒日記 2023/11/29]</ref>。
;綺礼の懊悩と悟り
:『Zero』と『stay night』で第四次聖杯戦争以前の回想が異なる。これについては『Zero』当時はまだ『stay night』の時のような悟りと余裕がなく、迷いと葛藤から過去の記憶や事実関係(奥さんに関する記憶はその最たるもの)をねじ曲げて語っている。そのため10年後の達観した自己分析のほうが的を射ている、と述べられている<ref group="出" name="「Fate/Zero用語辞典-言峰綺礼」『Fate/Zero material』p.96"/>。
:実際『Zero』の作中で死別した妻のことを思い出そうとすると、立ち眩みのような感覚に陥り思考が散漫になるなど、明らかに異常な反応を示しているシーンもある。
:これらの情報から『stay night』を基準として言峰の内面の経歴を辿るなら──
:#生まれてから健やかに成長し、父の語る「美しいもの」が理解できず、父を愛せないながらも期待に答えるために道徳と良識を学ぶ。
:#ある日の朝、父が美しくあれと祈って付けた綺礼という名を一度たりとも美しく感じたことがないと気付いたことで、自分と周囲との齟齬を理解し、人並みの事柄で幸福を得られない自分を人並みに戻し救おうと、神への信仰や様々な功徳や苦行を行う。
:#10年に渡る試みの中で得られたのは自分には生まれつき「人並みの幸福を得た実感」がなく、「他者の苦しみ」に勝る悦びが見いだせないという結論と、それに伴い何故自分のような人間が存在するのかという疑問を抱いた。
:#「生まれながら欠陥している」という事実を受け入れた後、それを克服するためのあらゆる努力の中で最後の試みとして人並みの幸福を得ようと、1人の女を愛そうと考えた。
:#妻との生活は二年に渡り、子もできたが言峰にとっての幸福は女の苦しみ、我が子の絶望だった。愛そうとすればするほど愛する者の苦しみだけが救いであり、そんな自分を女が癒そうとすればするほどこの女の嘆きが見たいと思う自分がいるだけだった。妻ほど自分を理解し癒そうとする人間はこの先現れないだろう、そんな妻でも癒せないなら、もはや生きて是非を問うまでもないと、自分の誕生は間違いだったとして自害を決める。
:#命を断つ前に妻に別れを告げに行くが、妻は言峰が自分を愛していることを証明するために自ら命を断つ。その時言峰は女の死を悲しむのではなく、どうせ死ぬのなら自分で殺したかったと残念に思う。結局自身の内面はどうあっても正すことはできず、『stay night』にて主の教えに決別し悪しか愛せない自身を受け入れる。
:#人並みに愛情は持てずとも、物事を美しいと感じる事はできる。基準は違うが、愛情という物がある事に変わりはないとして、周囲との齟齬がある自分を許す必要がなくなったことで自分への達観した自己分析も行えるようになり、過去も正確に受け止められるようになるが、妻の死が無意味であっても無価値とすることを嫌い妻の死の際に感じたモノが快楽によるものか悲哀なのかだけは意識的に答えを出すことを止めている。
:──のような感じになると思われる。
:迷いながらもそれ相応に淡々と進んでいた人生が妻の自殺で大きく変動する辺り、言峰の妻への複雑な想いが見て取れる。
:逆に『Zero』を基準にして言峰の内面の経歴を辿るなら──
:#妻の病死の際に懐いた感情を当時の言峰は直視できず、受け止められなかった。妻に関する記憶を「妻も自分の人格の虚無を理解していなかった」ことにし、妻にも感じてしまっていた「他者の苦しみを悦びとする」という自身の性質を理解していないことになっている。
:#その少し後に令呪が現れたことで「理想も悲願も持ちあわせていない自身にも美しいと思えるもの」を得られないか試行錯誤しつつも父の要請に従って第四次聖杯戦争に参加し、その経歴から空虚な徒労を繰り返した果てに答えを得たと予想した衛宮切嗣ならば、自分が抱き続ける「なぜ」という疑問への答えを出せるのではないかと期待する。
:#その中で英雄王ギルガメッシュと出会い、彼から自分が他人の不幸を愉悦としていることを指摘され、そしてその悦を自ら進んで行うことを教唆されたことで、目を背け理解しようとしなかった己の悪性と、改めようとするだけだったかつてとは違った形で再び対峙することになる。
:#自分から意欲的に人の不幸を作り味わうというこれまでの人生で始めての経験と満足感、自分が求めていた人並みの幸せを無価値とする衛宮切嗣への憎悪、冬木大火災の地獄絵図の光景を見たことで感じた至上の幸福感を味わうことで開花、単に「他者の苦しみ」だけにしか幸福感を得られないというだけでなく、それを至福と感じる自分の本性を完全に自覚し、『stay night』時のような悟りと余裕を得ると共に何故自分のような存在が生まれたかという過程への問いも明確化する。
:──のような感じになると思われる。
:迷いながらもそれ相応に淡々と進んでいた人生がギルガメッシュと出会いで大きく変動する辺りが見て取れる。
;冬木大火災の原因
:『stay night』における第四次聖杯戦争の終盤では、言峰綺礼が不完全な聖杯がらも「切嗣とセイバーを分断するため、戦いの邪魔となる住民が消えれば都合がいい」という考えを何気なく願ったところ火災が発生したとされる<ref group="出">『Fate/stay night』Fateルート十五日目「ゆずれぬとが」</ref>。
:実際、当事者の3人──セイバー、ギルガメッシュ、言峰がそれぞれFateルート、UBWルート<ref group="出">『Fate/stay night』Unlimited Blade Worksルート十五日目「倒すべき敵」</ref>、HFルート<ref group="出">『Fate/stay night』Heaven's Feelルート十四日目「聖杯に潜むモノ」</ref>。で聖剣による聖杯破壊後に街が燃えたことに言及している。
:2006年版アニメ『stay night』第1話冒頭ではセイバーとギルガメッシュが火に燃えた街の中で戦っている他、同アニメの第19話と劇場版『Heaven's Feel』では、綺礼の回想で切嗣が聖杯破壊前に火の海と化した街でコンテンダーを持って狙っているシーンがある。
:公式では最後のマスターとなった切嗣が聖杯の正体にいち早く気付き、セイバーに命じて聖杯を破壊させ閉じた事になっている。だがその前に、新都の住宅街に降臨した聖杯に言峰が触れた際に彼の願いが聞き届けられ、膨大な死傷者を生み出す大火災が引き起こされてしまった<ref group="出">Fate/stay night Visual Story</ref>。
;聖杯戦争の事後処理
:「劇場版のランサーVSアサシンの戦闘だと、あの戦闘で多数の死亡者、目撃者が出たと思いますが、どう事後処理したのか?」→きのこ「たぶんあれ途中で余所の市に入っているので言峰は知らないフリした」
:「劇場版セイバーオルタVSバーサーカーの戦いはどう考えてもガス会社のせいに出来ないレベルでしたが、言峰はどう隠蔽したのか?」→きのこ「いやだなあ。山火事ですよ山火事。何故か一瞬で鎮火したけど」
;地上波に綺礼
:声優の中田譲治氏はBSプレミアム番組「ダークサイドミステリー」でもナレーションを担当している。
:2021年5月に放送された同番組では『聖遺物』に関する特集が組まれ、『聖杯』の項目で'''『stay night』の映像が使用された上に明らかに言峰綺礼を意識した振りと流れ'''<ref group="注">ナビゲーターの栗山千明が聖杯を喚び出そうとするも現れず「まさか、中田譲治(の仕業?!)」という台詞の後『Heaven's Feel』内の聖杯について説明する場面が流れる。</ref>が使われた。
:ちなみに、この回がNHKで再放送された時は、偶然にも同じ聖遺物[[パーシヴァル|『ロンギヌスの槍』に関係するサーヴァント]]の実装後でもあった。