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サイズ変更なし 、 2013年8月2日 (金) 17:17
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名前のない英雄。架空の英霊。フェイカー。<br />かつて正義の体現者として人生を費やした、錬鉄の魔術師の末路。生前、奇跡の代償として「死後の自分」をムーンセルに売り渡し、以後ムーンセルに使役されている「正義の味方」の概念。大衆が望む「正義の味方」が、人のカタチで起動した存在。<br />この英霊の元になった人物、そういった過去を歩んだ人物は確かに存在するが、彼が英雄として祀られた時点でその名前は人々の記憶、歴史から忘れ去られている。<br />正義の味方の概念が人のカタチで起動した存在。人々に認められなかった名も無き正義の味方の代表者。故に真名も生前の名「エミヤ」では無く、「無銘」である。<br />
 
名前のない英雄。架空の英霊。フェイカー。<br />かつて正義の体現者として人生を費やした、錬鉄の魔術師の末路。生前、奇跡の代償として「死後の自分」をムーンセルに売り渡し、以後ムーンセルに使役されている「正義の味方」の概念。大衆が望む「正義の味方」が、人のカタチで起動した存在。<br />この英霊の元になった人物、そういった過去を歩んだ人物は確かに存在するが、彼が英雄として祀られた時点でその名前は人々の記憶、歴史から忘れ去られている。<br />正義の味方の概念が人のカタチで起動した存在。人々に認められなかった名も無き正義の味方の代表者。故に真名も生前の名「エミヤ」では無く、「無銘」である。<br />
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『アーチャー』は語る。あくまで一つの逸話、一つの参考として、「正義の味方」を志した人間である『彼』の物語を。<br />「サバイバーズギルト」。事故や災害で多くの人命が失われた後、生還者が抱く罪悪感や責任感といった強迫観念。<br />生き残ったのは自分が特別だから。あるいは、生き残った以上、死んでしまった者たちの代わりに、何か特別な事をしなくてはならないのではないか?そうでなければ、死んでいった人たちに申し訳がたたない。死んでいった人たちの代わりに、この悲劇を二度と起こさない。そんなふうに、『彼』は思った。<br />「多くの人間を助ける、正義の味方になる」。それが『彼』の誓いだった。<br />子供の夢。絵空事。普通ならそんな終わりを迎えるはずだったが、彼はその在り方を体現してしまう。<br />力あるものが私欲によって私欲を満たすのなら、人々の代わりにこれを撃つ。罪を犯すものがさらに罪を犯すのなら、犠牲者をだす前にこれを撃つ。正義の味方になるのはそう難しい事じゃない。私欲を殺し、理想に徹すれば、人間は簡単に正義の体現者になれる。<br />……致命的に間違えているコト、最も過酷だったコトの説明を意図的に省き、『アーチャー』はそれを何でもないことのように語る。<br />ボランティアやレジスタンスを通し、個人の力の及ぶ範囲で、多くの命を救った彼は「人々の噂になるぐらいには活躍した義賊」となる。独りきりだったのは数年で、後には理想に賛同してくれる友人を得る。マネージメントを友人に任せ、彼はますます自分の使命感に没頭していく。<br />自虐的に笑うものの、『アーチャー』にとって、これはこれで一つの青春だった。幼い頃に誓った理想に自分の全てを傾け、協力してくれる友人と、理解してくれる恋人もいた。だから「アレはアレで楽しかった」と、『アーチャー』は懐かしそうに微笑む。<br />だが、『アーチャー』は繰り返す。「客観的に見れば彼はただの犯罪者だ。正義の味方であっても英雄じゃあない」と。<br />「百人を助けるために、十人を見捨てるような理想が?食うに困り、家族のために窃盗を行うしかなかった集団を一方的に殺す事が?あるいは——これはどうだ。旅客機の中で危険なウイルスが蔓延し、一分単位で乗客が死んでいく状況があったとする。<br />その状況で、それでも乗客たちは死力を尽くして空港を目指した。罵りあいながらも、最後には手を取りあい。たとえ自分は死んでも、誰か一人でも助かるのなら、と 助け合った人々。<br />だが彼らが地上に降りれば、ウイルスの感染は本格化する。乗客五百人の命と、地上の都市三十万の命。どちらも罪のない人々だ。違いはただ多いか少ないかだけ。むしろ、地獄の中でなお生き残ろうと互いを励まし合い、助け合った旅客機の中の人々こそ最大の被害者だ。<br />その、最後まで人間としての誇りを捨てなかった人々を、彼は撃った。地上に降りれば、空港に不時着できれば誰かが生きて帰れる。そんな小さな願いごと藻屑にした。<br />それが彼の理想だった。"より多くの人々を助ける"という、偏った正義の体現だったんだよ」<br />「悪だ。どのような理由であれ、利益のために人を殺すのは、悪だ。<br />彼は『多くの人々の命を守る』利益のために引き金を引いた。結果的には、誰の命も救っていない」。『彼』が執着したのは「理想」であって「人間」ではない。<br />「英雄」とは、「理想」ではなく「人間」を救うもの。『アーチャー』にとって、それが生前の『彼』に対する結論だった。<br />理由はどうあれ、彼は人を切り捨てる。客観的に見て『彼』の選択は正しかった。どれだけ非人間的であろうと、その取捨選択はより多くの命を救ってきた。<br />——けれど。その、捨てられた命こそが、彼がもっとも救いたかった命だった。<br />結局、「正義の味方」という独善を執行する装置は、むしろ、犯罪者などよりもよほど恐ろしいものとして、人々の目には映ることになる。<br />情も、一切の交渉の余地もなく、「悪」を裁く正義の味方。一体この世のどこに、誰が。何の見返りもなく、他人に尽くす事ができるだろう——?<br />「あの男は、何か恐ろしい企みを隠しているのではないか?」「我々は彼の正義面に騙されているのではないか?」<br />疑心暗鬼。その結末は、社会の手による「正義の味方」への断罪。司法の手によって罰を受け、彼は法廷の名のもとに、その一生を終える。いかなる暴力、誘惑、脅迫にも屈しなかった彼は、しかし、「正義の味方」であるからこそ、人々の下した判決には逆らわなかったのだった。<br />彼を捕らえたのは、友人だった。<br />だが、友人が彼を裏切ったのではない。最初から、裏切っていたのは「正義の味方」だ。<br />「この男は、自分を好いているから力を貸してくれていると思っていたが——もし俺が大衆にとっての悪になれば、なんの躊躇もなく敵に回るだろう」<br />人間的な繋がりで仲間だと思っていた彼が、その実、肉親であろうと正義を執行する悪鬼だとしたら。もっと昆虫的な、システムの権化のような怪物だったとしたら。<br />……だから、友人は気づいたのだ。今まで彼によって抹殺された相手は、未来の自分の姿だと。権力者である限り、いつかは自分も倒されると。<br />ならば、急いで——この暴走した「正義の味方」を、陥れずにはいられなかった。<br />生前の彼も、今の『アーチャー』も、友人を恨みはしなかった。ただ一つ、心遺りだったのは——<br />いつか、自分が死ぬ時は、己が切り捨て、犠牲としてきた無辜の人々の、正しい糾弾によって……必要悪は、人々の善性によって断たれるべきだ、と。<br />それこそが、唯一と言えた人間的な救いであったのに……<br />誰かに憎まれての死ではなく、単に、誰かの利益にならないから殺された。<br />それが、理想の正しさだけを心の寄る辺にしてきた青年の、当然の末路。<br />
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『アーチャー』は語る。あくまで一つの逸話、一つの参考として、「正義の味方」を志した人間である『彼』の物語を。<br />「サバイバーズギルト」。事故や災害で多くの人命が失われた後、生還者が抱く罪悪感や責任感といった強迫観念。<br />生き残ったのは自分が特別だから。あるいは、生き残った以上、死んでしまった者たちの代わりに、何か特別な事をしなくてはならないのではないか?そうでなければ、死んでいった人たちに申し訳がたたない。死んでいった人たちの代わりに、この悲劇を二度と起こさない。そんなふうに、『彼』は思った。<br />「多くの人間を助ける、正義の味方になる」。それが『彼』の誓いだった。<br />子供の夢。絵空事。普通ならそんな終わりを迎えるはずだったが、彼はその在り方を体現してしまう。<br />力あるものが私欲によって私欲を満たすのなら、人々の代わりにこれを撃つ。罪を犯すものがさらに罪を犯すのなら、犠牲者をだす前にこれを撃つ。正義の味方になるのはそう難しい事じゃない。私欲を殺し、理想に徹すれば、人間は簡単に正義の体現者になれる。<br />……致命的に間違えているコト、最も過酷だったコトの説明を意図的に省き、『アーチャー』はそれを何でもないことのように語る。<br />ボランティアやレジスタンスを通し、個人の力の及ぶ範囲で、多くの命を救った彼は「人々の噂になるぐらいには活躍した義賊」となる。独りきりだったのは数年で、後には理想に賛同してくれる友人を得る。マネージメントを友人に任せ、彼はますます自分の使命感に没頭していく。<br />自虐的に笑うものの、『アーチャー』にとって、これはこれで一つの青春だった。幼い頃に誓った理想に自分の全てを傾け、協力してくれる友人と、理解してくれる恋人もいた。だから「アレはアレで楽しかった」と、『アーチャー』は懐かしそうに微笑む。<br />だが、『アーチャー』は繰り返す。「客観的に見れば彼はただの犯罪者だ。正義の味方であっても英雄じゃあない」と。<br />「百人を助けるために、十人を見捨てるような理想が?食うに困り、家族のために窃盗を行うしかなかった集団を一方的に殺す事が?あるいは――これはどうだ。旅客機の中で危険なウイルスが蔓延し、一分単位で乗客が死んでいく状況があったとする。<br />その状況で、それでも乗客たちは死力を尽くして空港を目指した。罵りあいながらも、最後には手を取りあい。たとえ自分は死んでも、誰か一人でも助かるのなら、と 助け合った人々。<br />だが彼らが地上に降りれば、ウイルスの感染は本格化する。乗客五百人の命と、地上の都市三十万の命。どちらも罪のない人々だ。違いはただ多いか少ないかだけ。むしろ、地獄の中でなお生き残ろうと互いを励まし合い、助け合った旅客機の中の人々こそ最大の被害者だ。<br />その、最後まで人間としての誇りを捨てなかった人々を、彼は撃った。地上に降りれば、空港に不時着できれば誰かが生きて帰れる。そんな小さな願いごと藻屑にした。<br />それが彼の理想だった。"より多くの人々を助ける"という、偏った正義の体現だったんだよ」<br />「悪だ。どのような理由であれ、利益のために人を殺すのは、悪だ。<br />彼は『多くの人々の命を守る』利益のために引き金を引いた。結果的には、誰の命も救っていない」。『彼』が執着したのは「理想」であって「人間」ではない。<br />「英雄」とは、「理想」ではなく「人間」を救うもの。『アーチャー』にとって、それが生前の『彼』に対する結論だった。<br />理由はどうあれ、彼は人を切り捨てる。客観的に見て『彼』の選択は正しかった。どれだけ非人間的であろうと、その取捨選択はより多くの命を救ってきた。<br />――けれど。その、捨てられた命こそが、彼がもっとも救いたかった命だった。<br />結局、「正義の味方」という独善を執行する装置は、むしろ、犯罪者などよりもよほど恐ろしいものとして、人々の目には映ることになる。<br />情も、一切の交渉の余地もなく、「悪」を裁く正義の味方。一体この世のどこに、誰が。何の見返りもなく、他人に尽くす事ができるだろう――?<br />「あの男は、何か恐ろしい企みを隠しているのではないか?」「我々は彼の正義面に騙されているのではないか?」<br />疑心暗鬼。その結末は、社会の手による「正義の味方」への断罪。司法の手によって罰を受け、彼は法廷の名のもとに、その一生を終える。いかなる暴力、誘惑、脅迫にも屈しなかった彼は、しかし、「正義の味方」であるからこそ、人々の下した判決には逆らわなかったのだった。<br />彼を捕らえたのは、友人だった。<br />だが、友人が彼を裏切ったのではない。最初から、裏切っていたのは「正義の味方」だ。<br />「この男は、自分を好いているから力を貸してくれていると思っていたが――もし俺が大衆にとっての悪になれば、なんの躊躇もなく敵に回るだろう」<br />人間的な繋がりで仲間だと思っていた彼が、その実、肉親であろうと正義を執行する悪鬼だとしたら。もっと昆虫的な、システムの権化のような怪物だったとしたら。<br />……だから、友人は気づいたのだ。今まで彼によって抹殺された相手は、未来の自分の姿だと。権力者である限り、いつかは自分も倒されると。<br />ならば、急いで――この暴走した「正義の味方」を、陥れずにはいられなかった。<br />生前の彼も、今の『アーチャー』も、友人を恨みはしなかった。ただ一つ、心遺りだったのは――<br />いつか、自分が死ぬ時は、己が切り捨て、犠牲としてきた無辜の人々の、正しい糾弾によって……必要悪は、人々の善性によって断たれるべきだ、と。<br />それこそが、唯一と言えた人間的な救いであったのに……<br />誰かに憎まれての死ではなく、単に、誰かの利益にならないから殺された。<br />それが、理想の正しさだけを心の寄る辺にしてきた青年の、当然の末路。<br />
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「——より多くの人々を守る」<br />
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「――より多くの人々を守る」<br />
    
因果応報。彼は彼が切り捨ててきたものと同じように、人間性を剥奪されて消え去った。
 
因果応報。彼は彼が切り捨ててきたものと同じように、人間性を剥奪されて消え去った。
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