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→‎メモ: :「Yu Miaoyi」について追記・修正
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**さらに、『フロムロストベルト』で彼女の後ろから見た姿も登場したが、'''前がまだマシに見えるレベルで股間以外に布がない。'''このナリで歩き回っていたのなら、そりゃ蘭陵王も苦言を呈するはずである。ちなみに、ゲーム系ニュースサイトの記者がコミケの会場でコスプレイヤーに虞美人のコスプレが出来るか問い合わせた所、「無理!」と即答されている。
 
**さらに、『フロムロストベルト』で彼女の後ろから見た姿も登場したが、'''前がまだマシに見えるレベルで股間以外に布がない。'''このナリで歩き回っていたのなら、そりゃ蘭陵王も苦言を呈するはずである。ちなみに、ゲーム系ニュースサイトの記者がコミケの会場でコスプレイヤーに虞美人のコスプレが出来るか問い合わせた所、「無理!」と即答されている。
 
**もっとも、カルデアには[[メルトリリス (Grand Order)|ファッション]][[パッションリップ (Grand Order)|が危険]][[殺生院キアラ〔アルターエゴ〕|すぎる]][[エリザベート・バートリー|前科]][[マルタ|持ちが]][[牛若丸|何人も]][[ブーディカ|居る]]んだが。
 
**もっとも、カルデアには[[メルトリリス (Grand Order)|ファッション]][[パッションリップ (Grand Order)|が危険]][[殺生院キアラ〔アルターエゴ〕|すぎる]][[エリザベート・バートリー|前科]][[マルタ|持ちが]][[牛若丸|何人も]][[ブーディカ|居る]]んだが。
*英語版の名称表記は「'''Yu Miaoyi'''」。漢字は「'''虞妙弋'''」だが、中国語圏の掲示板でも「虞姫の本名って虞妙弋なの?」と議論になるなどあまり一般的ではない模様。虞美人の中国語版Wikipediaにも未記載である。主に欧米圏で流通している名称であるようだ。
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*北米版での表記は「Yu Mei-ren」(「虞美人」の中国語読み)だが、実装される前では欧米のファンから「'''Yu Miaoyi'''」と呼ばれていた。漢字は「'''虞妙弋'''」だが、中国語圏の掲示板でも「虞姫の本名って虞妙弋なの?」と議論になるなどあまり一般的ではない模様。主に欧米圏で流通している名称であるようだ。<br>「虞妙弋」本来は2006年に放映された中国ドラマ『大漢風 項羽と劉邦』の設定だったが、放送と同じ年に「虞妙弋」の名は'''史実として'''中国語版Wikipediaに追記された。そして2010年にて、中国語版を間違ったまま翻訳した英語版が作られた。中国語版は英語版作成の直後に修正されたが、欧米圏への影響は今でも残っている。
 
*前述の通り史記・漢書でも記述は少なく、項羽との出会いは一切記載されていない(項羽最後の戦いである「垓下の戦い」の部分でも「劉邦に敗れた傷心の項羽の傍にはいつも虞美人がおり、項羽は片時も彼女を放すことがなかった」と'''だけ'''しか書かれておらず、実情は全くというほど分からない程度にしか書かれていない)。
 
*前述の通り史記・漢書でも記述は少なく、項羽との出会いは一切記載されていない(項羽最後の戦いである「垓下の戦い」の部分でも「劉邦に敗れた傷心の項羽の傍にはいつも虞美人がおり、項羽は片時も彼女を放すことがなかった」と'''だけ'''しか書かれておらず、実情は全くというほど分からない程度にしか書かれていない)。
 
**史記、漢書でも彼女はその後に関する記述は一切存在せず、彼女の運命は定かではなかった。TYPE-MOONの世界では人ではなかった事もあり、そのまま項羽とは死に別れることになり彼女は生き続けていたが、五代十国時代の閻選『虞美人』や孫光憲『虞美人』の詞では「彼女は生き残り、項羽を想い続けている」という解釈がなされており、本編の虞美人はこれが一番近い。
 
**史記、漢書でも彼女はその後に関する記述は一切存在せず、彼女の運命は定かではなかった。TYPE-MOONの世界では人ではなかった事もあり、そのまま項羽とは死に別れることになり彼女は生き続けていたが、五代十国時代の閻選『虞美人』や孫光憲『虞美人』の詞では「彼女は生き残り、項羽を想い続けている」という解釈がなされており、本編の虞美人はこれが一番近い。
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